ぶどう棚の下のテラス席に座ると、目の前に緑の壁がそびえていました。壁に見えたのは、平均斜度38度の山の斜面いっぱいにひろがるぶどう畑。栃木県足利市、ココ・ファーム・ワイナリーの風景です。
わたしは2026年5月の末、新緑がいちばん濃い季節にここを訪れました。畑を見上げ、カフェでワインとランチをいただき、ショップでボトルを選ぶ。半日の滞在でしたが、帰り道にはこのワイナリーのことが忘れられなくなっていました。ここには、日本のどのワイナリーとも違う物語があるからです。
ココ・ファーム・ワイナリーとはどんな場所か

物語は1958年、昭和33年にはじまります。足利市内の中学校で特殊学級の教師をしていた川田昇さんが、生徒たちとともに山の急斜面を開墾して、ぶどう畑をつくりました。ブルドーザーも入れない斜度38度の斜面を、手作業で切りひらいたのです。
1969年には、畑の麓に知的障がい者支援施設「こころみ学園」が生まれ、1980年にワイン醸造場として「ココ・ファーム・ワイナリー」が設立されました。いまも、こころみ学園の園生のみなさんが、ぶどうの世話やワインづくりの作業に日々関わっています。
急斜面のため大きな重機は入れない。だからすべて人の手で世話をする。除草剤は開墾以来一度も撒いたことがない。ハンディがあるとされてきた人たちの、ゆっくりとていねいな仕事が、健康な土と健全なぶどうを育てている。この畑の物語そのものが、ココ・ファームのワインの味の一部です。
沖縄サミットの乾杯酒になったスパークリング「NOVO」
ココ・ファームのワインは、「福祉のワイン」という文脈を抜きにしても、実力で評価されてきました。その象徴が、スパークリングワインの「NOVO(ノヴォ)」です。日本生まれの交配品種リースリング・リオンを100%使い、瓶内二次発酵でつくられるこの一本は、2000年の九州・沖縄サミットの晩餐会で各国首脳に振る舞われました。
NOVOの製法は、シャンパーニュと同じ瓶内二次発酵です。時間と手間のかかるつくり方を、このワイナリーは選びつづけてきました。山の斜面を手で開墾した畑のぶどうが、世界の首脳のグラスに注がれる。1958年の開墾からサミットまで42年。これほど遠くまで届いた日本ワインの物語を、わたしはほかに知りません。
訪問記 — ぶどう棚の下のテラスでランチ

ワイナリーに着いてまず驚くのが、畑の迫力です。ショップとカフェの建物のすぐ裏手から、斜度38度の斜面が空に向かって立ち上がっています。写真では伝わりにくいのですが、「畑を見る」というより「畑に見下ろされる」感覚。この角度の斜面を手で開墾したのかと思うと、ことばを失います。
カフェ「ココ・ファーム・カフェ」のテラス席は、頭上をぶどう棚の緑が覆う特等席です。5月末の新緑が陽射しをやわらかく透かして、席全体が薄い緑色に染まっていました。

ランチは、地元の旬の素材を使った前菜からスタート。生ハムとにんじんのラペに、ココ・ファームの白ワインをグラスで合わせます。目の前の畑を見上げながら、その畑のワインを飲む。ワイナリーのレストランはいくつも訪れてきましたが、畑との距離がここまで近い席はなかなかありません。
メニューには、前菜からメインまで通しで楽しめるデギュスタシオン・コースや季節のコースのほか、足利マール牛の料理もあります。マール牛とは、ワインを搾ったあとのぶどうの皮や種(マール)を飼料にして育てた地元の牛のこと。ワインづくりの副産物が牛を育て、その牛の料理にまたワインを合わせる。ワイナリーのカフェとして、これ以上ない循環です。
ゆっくり食事をしていると、斜面の上のほうから作業の音が聞こえてきます。この畑では、こころみ学園の園生のみなさんが、季節ごとの手入れや収穫、鳥を追う見張りまで、ワインづくりを支える仕事をずっと担ってきました。働くこと、任されること、収穫を祝うこと。ワイナリーの一日の音が、そのままこの場所の物語です。
ショップで出会う「農民」の名を冠したワインたち

ショップには、ココ・ファームのワインがずらりと並びます。「農民ドライ」「農民ロッソ」という名前のワインが定番で、気取りのない名前に、このワイナリーの精神がそのまま表れています。「陽はまた昇る」という名の一本もありました。名前を眺めて歩くだけで、つくり手の顔が浮かんでくるラインナップです。
つくり方も、畑と同じようにていねいです。ココ・ファームは多くのワインで野生酵母による発酵を採用するなど、できるだけ自然なワインづくりで知られています。派手さで勝負するのではなく、ぶどうがもっている力を静かに引き出す。飲むと、香りにも味にも角がなく、食事にすっと寄り添ってくれます。
わたしが訪れた5月末には、季節の6本セット(15,300円)が組まれていました。定番から限定ものまでバランスよく入っていて、はじめての方への入口にちょうどいい構成です。オンラインショップもありますが、現地で選ぶ楽しさはやはり格別でした。
テイスティングは予約不要で、2種1,000円、5種1,500円(グラス付き)。わたしのおすすめは、ここでしか出会えない限定ものを含めて5種をゆっくり試すコースです。気に入った一本を持ち帰れば、自宅で開けるたびにあの斜面の緑がよみがえります。
あわせて楽しみたい足利観光
ココ・ファームは、足利観光との組み合わせもしやすい場所です。日本最古の学校として知られる足利学校や、大藤で有名なあしかがフラワーパークまで、車でそれぞれ20分ほど。春なら藤の花とワイナリーの新緑、秋なら紅葉と収穫の季節を1日でまわれます。東京から日帰り圏内で、これだけ物語のある場所をはしごできるエリアは貴重です。
収穫祭 — 斜面が客席になる11月の祭り
ココ・ファームといえば、毎年11月の収穫祭も有名です。あの急斜面の畑が丸ごと客席になり、大勢の人が斜面に腰を下ろして、新酒とライブ演奏を楽しむ。1984年からつづく足利の秋の風物詩で、2日間で数万人が訪れる年もあるほどの人気です。収穫祭の前日はワイナリーがお休みになるので、時期を合わせて訪れる方はご注意ください。
施設情報・アクセス
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名称 | ココ・ファーム・ワイナリー(COCO FARM & WINERY) |
| 住所 | 栃木県足利市田島町611 |
| 営業時間 | ショップ 10:00〜18:00/カフェ 平日11:00〜16:00・土日祝11:00〜17:00 |
| 定休日 | 年末年始(12/31〜1/2)・1月第3月曜からの5日間・11月収穫祭前日 |
| テイスティング | 2種1,000円/5種1,500円(予約不要・10名以上は要予約) |
| アクセス(車) | 北関東自動車道 足利ICから約10分 |
| アクセス(電車) | JR両毛線 足利駅からタクシー約18分/東武伊勢崎線 足利市駅からタクシー約20分 |
営業時間・料金は変更になる場合があります。訪問前に公式サイトでご確認ください。
よくある質問
見学やテイスティングに予約は必要ですか?
予約は不要です。当日ワインショップで申し込めます。10名以上のグループの場合のみ予約が必要です。
テイスティングの料金はいくらですか?
2種で1,000円、5種で1,500円です。いずれもグラス付きで、ショップで気軽に申し込めます。
収穫祭はいつ開催されますか?
毎年11月に開催されます。急斜面のぶどう畑が客席になり、新酒とライブ演奏を楽しめる名物イベントです。収穫祭の前日はワイナリーが休業になります。
東京から日帰りで行けますか?
行けます。車なら北関東自動車道 足利ICから約10分、電車なら足利駅・足利市駅からタクシーで20分ほどです。あしかがフラワーパークなど周辺の観光と組み合わせるのもおすすめです。
ココ・ファームのワインはどこで買えますか?
現地のワインショップのほか、公式オンラインショップでも購入できます。現地では季節のセットや、ショップでしか出会えないワインが見つかることもあるので、訪問時にじっくり選ぶのがおすすめです。
まとめ — ワインの味は、畑の物語でできている
ワインの味を決めるのはテロワール(土地)だと、よくいわれます。ココ・ファームを訪れると、テロワールということばには土や気候だけでなく、そこで働く人の時間も含まれるのだとわかります。畑と人が、こんなにまっすぐつながっている場所はめったにありません。
手で開墾された斜度38度の畑。除草剤を一度も撒いていない土。ゆっくりとていねいにつづけられてきた仕事。その全部がグラスの中に入っている。ぶどう棚の下のテラスで飲む一杯には、68年分の物語の味がしました。
ココ・ファームのボトルは、贈り物にも向いています。ワインと一緒に、この畑の物語まで手渡せるからです。東京から日帰りできる距離に、こんなワイナリーがあります。ぜひ一度、あの斜面を見上げてきてください。
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